子どもが苦手な父親の育児ブログ

帝王切開の妻

急きょ入院し、帝王切開となった妻。
私の心境は・・・。

妊娠高血圧で急きょ入院

35週を超え、受診回数が週1回になった頃、検診から帰ってきた妻から
「明日から入院することになった」
と言われました。

妻は至って冷静。
内容を聞くと、血圧が少し高めで、尿蛋白がかなり出ているとのこと。
妊娠高血圧というやつです。
現状、危険度はそんなに高くないけど、何かあった場合はすぐに対処できるよう、念のため入院しましょう。
ということらしいです。

私も冷静を装い
「そっかー。じゃあ準備しなきゃだね」
と言いましたが、こっそりと妊娠高血圧について検索!!
しましたが、病院にお任せする以上の策があるはずもなく、ただ不安が増しただけでした。

帝王切開の同意書にサイン

入院してから2週間。 平日は仕事終わりに1時間ほど、土日は面会が許されている時間帯はほぼ妻のところに行っていました。

妊娠高血圧の状態はやや悪化。
血圧は140台になり、血圧を下げる薬を飲むようになりました。
「今後の対応について説明をさせて欲しい」と先生から言われました。
内容は、翌週から陣痛の促進剤を使うことと、もし容態が変わった際にはすぐに対応できるよう、帝王切開の同意書にサインをして欲しい、ということでした。

妻と一緒に説明を受け、サイン。
「何か質問はありますか?」と聞かれましたが、私の疑問点なんてどうでもよく、とにかく最善の方法でお願いします。という感じでした。

容態悪化で帝王切開

同意書にサインしてから2日後、血圧は160台に突入していました。
翌週から陣痛促進剤を使う予定でしたが、陣痛促進剤を使うと血圧が上がるため、今の状態では厳しいとのこと。
母体にも赤ちゃんにも、これ以上は厳しいだろうということで、翌日に帝王切開をすることになりました。

「それが良いと思う」
と妻と話しました。

陣痛を待っていても、いつになるかわからない。
それまでに血圧がどこまで上がってしまうかもわからない。
高血圧状態で出産に耐えられるのかもわからない。

なので、翌日帝王切開という先生の判断に、私は少し安心していました。

安心したとはいえ、帝王切開とはお腹を切るわけで。。。
その日の夜は帝王切開について検索検索!!
安心できそうな情報だけを読み、「大丈夫だ!!」と自分に言い聞かせて寝ました。(自分のお腹を切るわけでもないのに)

翌朝、8時に病院へ。
さすがに妻も緊張している様子でした。
普段通りの会話をし、移動ベットで手術室に運ばれていく妻を見送りました。
看護師さんから「何か声をかけてあげてください」と言われましたが、そういうのは苦手で、、、特に声はかけず。
妻は「別にいいよ」と笑っていました。

待合室に移動し、そこから1時間と少し、パソコンを弄って気を紛らわせていました。
途中で妻の両親、兄弟も合流。
看護師さんから「赤ちゃんが生まれたので見に行きましょう」と言われ、みんなで移動しました。

通路で待つように言われで5分ほど。
透明なお部屋に入って運ばれる途中の我が子と会うことができました。
2300gの小さめの子。
だけど、元気に泣いていてまずは一安心。

また待合室へ移動し、今度は妻を待ちました。
妻の家族は赤ちゃんの話題で盛り上がっています。(みんなで気を紛らわせてたのかな)
私は一緒に盛り上がることができず、またまた気を紛らわせるためにパソコンを弄る。
看護師さんから「手術が終わったので迎えに行きましょう」と言われ、手術室前に移動しました。

手術室から移動ベットに乗って出てきた妻は、とてもぐったりしていて喋るのも大変な様子。
ここでも「声をかけてあげてください」と言われましたが、そういうのは苦手で以下略。
個室への移動が完了し、落ち着いて妻と会話することができてやっと、本当に安心することができました。

帝王切開の妻

子どもが無事出てきたことはもちろん良かったですが、やっぱり妻が無事であったことが本当に良かったです。
といいながら、そんな心配した言葉やそぶりは一切出さなかったと思います。
そういうのは苦手なので・・・笑

体重

筆者

長野県でIT系のリモートワークをしながら子育てをしている、 平成元年生まれの男です。一人っ子で両親からの期待を全て背負い育ちましたが、逃げ出しました。令和元年に長女が誕生し、父親になりました。自分の子どもには、自身の人生を自由に生きて欲しい!

家族

父(筆者):リモートワーカー
母 :専業主婦
長女:ムードメーカー
猫 :ムードメーカー